彦一について

八代地方民話の代表である「とんち彦一ばなし」をお楽しみいただけます。

はなしの中心人物「彦一」は、江戸時代八代城下の出町(現在の八代市出町)に居住したといわれています。

つまずいても、ころんでも、けたおされても起き上がって強く生きてゆくことを捨てない、困ってもくよくよしない行動力をもった人物で、はなしは、民衆のちえの伝統の中で育てられてきたユニークなものが多く、今でも考えさせられるものや元気をもらえるはなしとして語り継がれています。

なお、お話は八代弁(方言)で書かれていますので、わかりにくいところがありますが、どうぞ雰囲気を感じていただければと思います。

詳しくは、(社)八代青年会議所が発行した「ふるさと百話」(現在廃版)に中で「彦一について」江上先生が記されたものをご覧ください
「彦一について」PDFファイル

<参考文献(社)八代青年会議所「ふるさと百話総全集」より>

付録
「とんち彦一ばなし方言解説」(PDFファイル)

第1話 トンさんの行列

野上のベッピン狐に痛い目を見せてやろう、と考えていた彦一が、トンさんの行列が明日あるこっば聞いて、狐に化かしくらべを申し出た。約束の時刻に、萩原堤の松の枝にのっていた狐が、下を通りかかった行列の見事さに

「えーぞ、えーぞ彦一ちゃん、むごう上手ね。」と大声ばあげた。

そーば聞いた供人達は、大勢で追いかけ、まちっとでヤリでさしころそうした。さすがのベッピン狐も、当分の間、穴からチラッとも出来らんだったげな。

第2話 困った米

狐がいつ仕返しばしゅうかとたくらんでおるげな。と聞いた彦一は、師走の支払いにキュウキュウしとった時ではあるし、朝、暗い中に家の前の往還に、米びつの米ばずーっとこぼしておいて夜のひきあけに、

「朝からコギャン散らきゃあて困ったもん、小川通いの荷車ヤツだろ。あした落ちとるならどぎゃんしゅう・・・・・。」と言うてはわきよせた。

そるば聞いとった狐は、翌朝、うんと米ばこぼしといたげな。こらあ困った、と言いながら彦一は十日もつづけてはわきよせたので、よか正月どんば迎えたげな。

第3話 宇土のスグルワラ

「宇土のスグルワラ」ていうち、珍しゅう化け上手の狐が、宇土におったげな。馬のクソば、まんじゅうに見せてだますとが得意だった。彦一は、こやつばこらしめてやろうと、八代から鮒のコギリば持って行たて、ごちそうしたげな。スグルワラは、目ばこもうしてよろこんで、

「こぎゃんうまかつぁはじめて食うた。どっからとって来たっかな。」

「八代にきてみなっせ、アバカンたい。」

スグルワラは、八代城のお堀に尻尾をつけて、一晩中霜夜にふるいあがったうえ、尾が凍りちいて、あぶにゃ殺される目に会うたげな。

第4話 彦一の負

彦一もわがカカドンにゃ一本まいっとったげな。あしたは熊本まで歩いて行くという前の晩、出立ちのニゴリ酒ばそろっと買うち来て、戸棚に入れといた。カカが、ぜにはやらでにゃおって、酒ばかりいちくろうち・・・・・・と思うて、あくる朝、米のトギ汁とすりかえておいた。

顔も洗わでな、カカにわからんごつキュツと飲うで出かけた。もうこのへんではニゴリ酒のキキメが出んばんはずだが・・・・・・とクビばひねっても一向元気が出ん。そのうちに足がいんなえて来た。熊本へようようのこつでついた。

「彦一、むごういんなえとるごたるが、また二日酔じゃなかっか。」

「なんの二日酔だろかい。酒やつにだまされとるごたる。」

第5話 ドジョウ汁

「彦一、ドジョウばうんとばかりもろうたけん、久しぶり集まって飯ば食おうや。」

と近所の仁が言うてきた。四、五人集まることになって、それぞれ醤油、砂糖、野菜というぐあいに持ちよった。彦一は生豆腐ば2丁持って行った。

「おらあドジョウはいらんけん、その汁の中にこの豆腐ば切らでん入れといてくれ。豆腐ばっかり食えばヨカ。」

そして、急用があるけん、後から来るというて出ていったげな。ドジョウ汁が煮えたってきた。さあもうよかろう、食おうか。となべのまわりによってフタばとって、ホケのホヤホヤする中から、ドジョウばすくおうとしたら一匹も見えん。

「わるがさきに食うたろ。」

と、大げんか。彦一が来て豆腐ばもろうちきゃあもどったげな。ドジョウは煮られたあつさに、つめたか豆腐の中にもぐりこうでしもうとったげな。

第6話 サンカンの狐

八代の高田と日奈久温泉と言うところの間に、サンカンの狐というのがいて、よう人ばだましよったもん。ある日、彦一はカカさんと話し合って、馬にのせてサンカンを通りかかって、

「カカさん、一週間するとヨカにわとりば持って迎えに来るけん、それまでゆっくり日奈久の湯につかっとんなはりよ。」とおめえて通って行った。一週間目にうすぐろうなってから馬のクラに、にわとりばくびりつけてサンカンまで来ると、カカさんが柳のかげから、

「あんまりおそかもんだけん、ここまで来とったたい。」

「そらすまんだったな、早うのんなはり。」

カカさんが馬にのった。

「にわとりはおるが手にもとう。」

というカカさんばクラの上に縄でしばりつけて、

「つっこけなはんなよ。」

と鼻高々ともどって来た。ほんとのカカさんは、あくる日にもどってこらしたげな。

第7話 地獄の彦一

彦一もとうとう死んだ。さんざん人も狐もだまかしたもんだけん、地獄行きはきまっとると思うち、いまわのきわにカカさんに、重箱二段にケランモチ、もう一段にはアンの代りにワサビば入れち作らせて、そるばさげて地獄へ行ったげなたい。

「彦一、もう来るだろうと待っとったぞ。」

と、エンマさんが言わした。

「エンマさん、お世話になります。みやげば持って来ました。はようたべてくだはり。一段目はケランモチ、二段目はずっとうまかケランモチ、三段目はまあだうまかもんですが、こやつは、川の中で食わんと味が出まっせん。」

エンマさんが三段目の重箱ば持って川につかって、一つ口に入れたら、

「わあっ」

と泣き出してバタグルわした。いつもエンマさんにこきつかわれとる鬼になわでしばらせち、

「エンマさん、私ばほどようしなっせよ。」

と言うちニコッと笑うたげな。

第8話 粉すくい

彦一が、まあだ子どもの時のこつげなたい。うちが、きつかったもんだけん、感心にも野菜ば売ったり、つかい走りばして加勢しよったげな。ある日、粉ばひいて売る店の前ばとおりかかったら、そこにおったひとし達が、

「おい、彦一来てみさい。ぬしゃ感心な者ない。よう孝行ばする。きょうはそのほうびに、ここにある粉ば、ぬしが持って行ききるしこやるけん、持って行け。そるばってん、粉はこのショウケですくえよ。」

と、目のあらかショウケば出したげな。

「そらあ、ありがとうございます。」

彦一が、どぎゃんするどかと、みんなで見とった。彦一は、うちから桶ば二つ持って来て、一つに水ばいっぱい入れた。その水にショウケばつけて、それを粉の山につっこんで、何べんももう一つの桶で、うちへ持って行ったげな。

第9話 ヤンモチまんじゅう

「彦一、今日はどこ行きかい。弁当持って。」

「竜峰山に行くとたい。」

ふろしきづつみを、ぶらぶらさせて、とっぺんにのぼったら、うしろからベッビン狐がのぼってくるげなもん。

「どら、このあたりでひるねばせんばん。」

と言うてゴロリとねた。

ベッビン狐は、そろっとそばのつつみばとって、いちもくさんに山のすみかに走って行って、子狐ばひきつれて、山のとっぺんの岩にのぼった。

「今から、ここでべんとうびらきばするばい。いつも泣かされちばかりおる彦一ヤツのべんとうばとって来たったい。」

と、得意になって開けたら、まんじゅうが10こはいっとる。一番太かつを上の子狐に食わせたら、うまかうまかと、よろこんだ。それで、ほかの子狐にも分けてやって、自分もほうばったら、アンはやんもちだったげなもんだけん、アゴのひっちいて、泣き出したげな。ひとつだけは、ほんまんじゅうだったったい。

第10話 かねのなる木

彦一が、京都の本願寺まいりばしたげなたい。そばの宿屋にとまったら、そこ主人が、むごう庭造りが好きで、自分の庭ば自慢して見せたげな。

「フム、なかなかよか庭でござすな。そるばってん惜しいこつにゃ、じゅうりカズラと、かねのなる木がござっせんな。これがあるとまあだウチ上りますばい。さいわい肥後八代の私のうちに持っとりますけん、あげまっしゅ。」

と言うたげなもんだけん、主人はよろこうで、ごちそうばうんとこしょしたげなたい。もどりに、彦一について八代まで来た主人は、彦一のうちの狭か庭に立って、キョロキョロしとるげなもん。右と左に這うとるゴリばさして、

「ゴリとゴリでじゅうりカズラですたい。」

シュロの木ばさして、

「こやつで、寺の鐘のなるシコ木ば作んなっせ、カネのなる木ですたい。さああげまっしゅ。」

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