第11話 はなせ、はなせ

彦一が、熊本からのもどり道、宇土の茶店でおもしろか話しで皆をワンワンはずませた。出かきゅうとしたら、

「八代へ行くとは幸い、同道いたせ。」と、二人の武士が、しゃりむり道連れにしたげなもん。

「しもうた。」

と思うたげなばってん

「ヘイ、ヘイ。」

と、手ばこすり合わせち、ついて行ったげな。一人の方は、鼻がつっかげとったげなもんだけん、妙な声で、

「ハナセ、ハナセ」

と、話ばさいそくする。その「ハナセ、ハナセ。」が気味の悪かもんだけん、

「決して立腹なさいますなよ。」

と、ことわって、

「竜峰山にすむ天狗が、相撲ばとろうとせがみますので、ヨシと言うて取り組みましたが、その力の強さ、強さ。パッと離れて天狗の高い鼻に両手でぶらさがりました。そしたら妙な声でハナセ、ハナセと言いました。」

「無礼者!」

と、刀に手をかけた武士を、一方がとめて、

「早う去がれ。」

と、言うたげな。

第12話 キャクさる鯛

彦一がブラッと八代の町を歩きよったら、魚売りが、威勢のよか声で、

「鯛ヨイ、鯛ヨイ。」

と、ふれて行くのに出会った。

「ようし、」

と思って、

「鯛ヨイ、鯛ヨイ。」

にひっつけて、

「キャクさっと、キャクさっと。」

と、太か声でおめく。

「鯛ヨイ、鯛ヨイ。」「キャクさっと、キャクきっと。」

魚売りが、カンカンはらきゃあて、

「彦一、どうしてじゃまくるか。この鯛ばみてみい。こぎゃんイキのよかっぞ。そるばキャクさっと(くさってる)は何ごとか。」

「そるばってん、その鯛ば買うて、キャクさっと(客をする)だろうもね。」

魚売りは、キャフンとまいって、太か鯛ばやってことわったげな。

第13話 犬になった彦一

「おい彦一、久しぶりブリば腹一ぱい食うてみゆうかい。」と、さそいに来た。

「タダのごたるげな。」

「よかたい、行こい。」

二人つれだって、中島町のサカナ屋から一尾ずつ買(こ)うて、出町までもどりよったら、途中でむごうふとか犬やつが、そのブリばめがけてほえかかって来た。弥一どんないっさんに逃げだした。

彦一は尻ばからげて、ゆるっと四つん這いになって、ブリばくわえたげな。犬は仲間のくわえとっとは、とられんばし思うたもねろ、弥一どんば追っかけたもんだけん、弥一どんな、えいっとかけごえかけてぶりやらしたげな。

第14話 生きている絵

「ゴインキョさん、めずらしかもんが手に入りましたけん、見に来なりまっせんか。」
と、ブゲン者のゴインキョさんば連れて来た彦一が、掛軸ば見せた。女が傘持って立っとる絵だった。

「雨の降る日にゃこの傘ばさします。めずらしいものですばい。」
ゴインキョさんが雨の日に行ってみたら、ほんなこて傘ばさして、ちょっとスソばからげとる。

「おれに、ゆずってくれんかい。」

「どうし、どうし、こらぁうちの家宝にしますとです。」
と、彦一がもったいつけたけん、しこてこ金ばやって、ようようゴインキョさんは、自分のものにしなったげな。ばってん、雨が降って来てもただ傘ば持って立っとる。

「おい彦一、だましたばいな。」

「ゴインキョさんな、飯ば椀にもってやんならんでしたろ。そっで死んだっですたい。」
晴、雨、二枚の絵ばかけかえて見せたっげなたい。

第15話 旗という字

正月のドンドヤの前の日のこつだったげなたい。子供が十人ばかり集まって、ドンドヤのしこ(準備)ばしておった。竹はマン中に立ちゅうして、そん上につける色紙に「ハタ」という字ば書こうとしたばってんが、一人も知らんげなもん。

「カナで書いて、うっちょこや。」

「そるばってん、正月だけん漢字で書かんとエンギの悪かぞ。」

そこへ、彦一が通りかかった。

「ああ彦一おじさん、字ば教えてはいよ。」

「ああたは、そうにゃ頭のよかけん知っとんなっど。」

「ハタという字たい。」

さすがの彦一も漢字はトコロドコロしか知らんだったげな。

「ハタという字かい。そらぁね、竹へんにピラピラと書くとよかばい。」

第16話 太か友だち

彦一が、めずらしゅう神妙になって、つきあいの百姓家の仕事のヒマの時、馬ば借って、竜峰山にタキギとりに行ったげなたい。日暮れになって、馬に一ぱいつんで帰りよって風呂屋の前まで来たら、そこ主人が呼 びとめた。

「そのタキモンないくらにしとくか。」

「百文であげまっしゅ。」

「ちった高かごたるばってん、馬の背中のは全部だろたい。そんならよかたい。」

タキギは、全部おろして、だいじなクラも綱も何もかんもとってしもたげな。
二、三日してから、

「おじやん、日暮れ風呂に入れなっせな。わしがツキアイも連れて来るがよかろうか。ちったふとかばってんがよかろ。」

「ああ、よかよか。」

この前の馬ばひいて入ろうとしたけん、ことわってクラも綱ももどさしたげな。

第17話 ベンデン柿

「もう、出て来そうなもんだが……。」と、彦一がフロシキヅツミばさげて、宇土の手前まで行ったら、ヒョイと「宇土のスグルワラ」という狐が出て来たげな。

「彦一さん、何だろうか、そのツツミは……。」

「こるかい、こらあね、八代の平山にだけしかなかベンデン柿てちいうめずらしゅううまか柿たい。あんまりめずらしかけん、熊本まで売りに行きよる。」

「そぎゃんうまかっなら、あたしにもちっと分けてはいよ。」

「そうよ買うならきゃあ売るばってん。」

「よかたい。」

二、三日したら宇土のスグルワラが八代まで泣いて来たげな。

「子どもに食わせたら、ツウジのとまってしもうてパタグルとるばい。どぎゃんするかな。」

「そっで、ベンデン(便出ん)柿て言うたろが……、なあに心配はいらん、おもさん水ば、のませなはり。」

第18話 テングとかくれみの

竜峰山にてんぐの松があるばってん、そこにゃかくれみのばもったてんぐどんがおらすげな。そん山に彦一はのぼったったい。

高か岩ん上あがって、たかんぽば目にあててながめながら

「わァ、トンさんな、あぎゃんとこっでごっそうくいよらす、うまかごたるね。」

と、大声ばあげた。すると、てんぐがとんできて、

「おい彦一、そん目がね、おれんにもかさんかい。」

「バッテンてんぐさん、こら人にはかされんとバイ。」

「そぎゃんいわでん、一度でよかけんかさんかい。」

「そんなら、てんぐさん、あんたのかくれみのとかえっこしてみまっしゅか。」

てんぐはしょっこつにゃァつらで、みのばかし、どぎゃんとんみゆっどかと思い、岩の上からお城ばみたげなたい。ところが何も見えん、

「彦一、こら何も見えんたい、どぎゃんすっとか。」

「そらな、さかさんたい。」

といいながら、かくれみのばきていっさんに山ばかけおりたげな。

てんぐどんな、だまされたっば知ってカンカン、それから顔はあこなったっげなたい。

彦一は町にもどり、だれも知らんもんだけん、すぐ酒屋で酒ば腹一ぱいのうで、よっぱろうてそこでねむってしもたったい。

ところが、みのから足が出とったもんだけん主人から見つかり、みのはとられ、もやされてしもうたげなもん。

そこへてんぐが、おっかけて来て

「こら彦一、ぬしゃ、よくもおりばだましたね、はようみのばもどせ。」

「あんな、てんぐさん、あんみのばきとったバッテンここん主人にみっけられたっばい、かくれみのてうそたい。」

「そぎゃんこたなか、みのばはよやれ。」

「バッテンな、てんぐさん、そんみのは灰になっとるけん、その灰ば体につけなっせ。」

てんぐもしょんなしに、その灰ば体につけたら見えんごつつなったけん、ほっとして山にもどったげなたい。とこっが汗んでてみんな灰は落ちてしもうたげな。

第19話 タヌキのまんじゅう

「彦一チャン、あんた何が一番おそろしかっな。」

と、きいて来た。彦一もこまった顔して、

「そうな、人のよろこぶこつだろナ。じつはまんじゅうば見っとふるいあがっとたい。」

と、まじめに答えたげな。そしたらまもなくして、まんじゅうば家ん中に、いっぱいなげこんだげな。彦一は、うれしくてたまらんだったが、

「タヌキどんな、おそろしかこっばしてくれたね、どぎゃんしたらよかろか。」

と、おそろしかまねして、腹いっぱいくった。これを見ていたタヌキは、はじめてだまされたと気づき、今度は一晩中かかって、石ころを彦一の畑ん中にいっぱいなげこんだ。あくる朝彦一は畑を見てびっくり、太か声で、

「こらァいいことしてくれた、石肥三年というけん、こぎァんしてくれて、おらァ遊んどってよか。これが馬の糞だったら、おおごつだったね。ありがちゃこつ。」

タヌキは、又しまったと思った。あくる晩、石のかわりに町中の馬の糞をひろって全部なげこんだげな。

つぎの朝、彦一が思っとった通り、畑を見てにっこり

「こりゃこまった、こまったことしてくれたね。」

タヌキは満足そうにかえり、おかげで町の馬の糞はなくなり、うつくしゅうなったげな。

第20話 彦一の水ぶろ

夏の暑か日、彦一は八人の百姓と頒主のとこへ年貢の米ば納めに行かしたげなたい。馬のせなかに米ば三俵ずつ積んで行かしたったい。水はなかもんだけん、のどは渇くし、暑かし、汗ばたらたら流して歩かしたったい。

 途中、森には美しか水の湧きでる池のあるけん、早ようそん冷たか水ば飲まんばんと思って歩かしたったい。森に着いてみると、どうか池の水は減ってしまって、飲もうするばってん、どやんしても、とどかんとたい。皆な、なんとかするばってん飲めんもんな、水は目ん前にあるばってん飲めんけん、よけいのどは渇くとたい。

そん時、彦一は着物ばぬいで裸にならしたげな。そして、池の中に飛び込ましたったい。彦一は、気でもくるったっかと、皆、たまがらしたげなもん。すると、どうだろうか、彦一の体の重みで池の水がふえ、皆、水をのむことができたげな。

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